零の日常

切り取った日常や想い。好きな事やイロイロ。気儘に書いていきます。

ちょっとくらい自分を肯定したい

緊急事態宣言が解除。大丈夫なのかなと不安もあるけど、このままずっとも怖いし、どの道第二波は避けられないのだと思うと明るい未来が描けません。

何だかとても憂鬱で、ネガティブ…。どうもこんにちは、ヂルです。

 

読んで下さってる人の中には、ワタシがかなりビビリと云うか怖がりと云うか大袈裟だなと気付かれてると思いますが、その通りで、ワタシ、不安がとても大きい人間です。昔はこんな性格じゃなかったと思う。いや、こんなんじゃなかったのに…。

ポジティブ全開で生きていた時にも勿論山あり谷あり、ずっと絶好調だぜ!と思っていた訳ではなく、そう生きられたメインの高校時代には「学校辞めたいな」とか悲観的に過ごして思ってた事だってあったりする訳で。でもそんなものだよね。ポジティブに生きてるからって悩まない訳じゃなくて、誰だって色んな事を考えて困ったり悩んだりはするもので。

段々怖がりになってこの10年近く、特にこの5年くらいはそれが酷くて、仕事も辞めて新しいスタートだと思っていたら今年始まってすぐにこんな状態。目に見えないウイルスに怯え、マスクやアルコールスプレーは普段から常備していたけど一気に店頭から姿を消し、挙げ句ペーパー類も買えなくなり制限が掛かり、子どもも自分も喘息持ちで、だけど子どもとも主人とも性格と云うか価値観が違うから毎日一人で怖がっていました。

 

休校中、子どもとの関係も本当にしんどいと云うのが本音です。気付けば夏休み以上に長くなってしまった3カ月の休み。こんなに四六時中一緒に居るのは保育園に通う前以来初めてです。でももうそんな小さな子どもではなく、何か言えば突っかかってくる、ちょっとした一言で喧嘩腰、反抗か文句かしか言わず、都合の良い時だけ家事とかするだけのお手伝いさんみたいな気持ちになってました。お互い穏やかに過ごせている時は、ワタシが子どものやっている事に口を出さないとか、目を瞑っている時とかそういう時であって、子どもは何も言われない~ラッキ~みたいな状態でもワタシはムカムカしてたりする訳です。でも一日中ほぼ二人で居るのに険悪に過ごしたくないと思っていました。

 

ワタシの住んでいる地域はコロナでクラスターが発生したりしていて、コロナ関連の話だけでも毎日毎日ワタシはかなり神経質になっていました。と云うか家族としか会わない生活の中で毎日自分だけ怯えていました。そして今年は本当に体調不良が続いていて、厄を気にするワタシは「後厄か…」と思っていたのですが、もう乗り切れる気がしない。どんどん体がおかしくなる。どんどんメンタルがおかしくなる。朝起きるたびにまた一日が始まったと思う。夜寝る瞬間だけがやっと今日が終わると安心する。毎年春とか梅雨とか心身ともにやられがちですが、今年はコロナのせいでとんでもなく酷い不安に飲み込まれています。毎日を始めて終わらせるだけがこんなに苦しいのは初めてです。

 

でもやっと、やっと、少し変化がみられるかなと期待したい。

先週家庭訪問があって、先生からお話伺ったりプリントを見たりしていたのです。やっと6月から学校が始まる。5月中には登校日がある。塾も希望者は対面授業が始まり、少しずつ日常が動き出すと云う明るい話。それを聞いただけでどんなに心が軽くなったか。それと同時に体調不良がメンタルからきてるなとどれ程痛感したか。(いきなり良くなったのではないですが、視界がパーっと明るくなった気がします)

勿論コロナがなくなった訳ではないし、学校も始まれば始まるでリスクがあるから不安はあるのですが…。

 

この半年、自分が自分を信じられなくなりました。自分を罵って馬鹿にして貶して。本当に惨めだね。誰にも必要じゃないし何の約にも立たないねって感じで。何が自分を追い込むって自分が一番追い込んでました。一番味方にならないといけないのに。誰も味方じゃないなら自分くらい自分を肯定してあげないといけなかったのに。

楽しい事ってなんだっけ。やりたい事なんてあったっけ。泣きたいくらいになってる気がするのに涙なんて一ミリも出ない。息をするってこんなにも苦しいんだっけ。ワタシ何やってるんだろう…。そんな毎日が本当にしんどいです。

 

丁度一年前くらいに、前の職場で働いていた時。仲良くしてくれていたスタッフの子と休憩に入って何気なく話をしていた時に言われた言葉が今になって響いています。大好きな仕事に携わり、リーダーと云う役割をさせて戴いていたワタシはその仕事をしている自分が好きでした。仕事では充実していました。すごく大変な事も嫌な事も沢山あったけど。でもスタッフの子に「仕事以外で楽しい事ってなんですか?」って聞かれた時に「え?」ってなってしまったんですよね。そして「仕事(職場)以外でワタシって何があるんだろう。無価値かも。」って答えてしまって。すんなり出てきたから素直にそう思ったんだとは思います。でも「それヤバいですよ!」って言われて。

当時は良かったんですよ。それでもその仕事してたから。存在価値を見いだせる場所があったから。それがないと感じてしまう今、スタッフの子に言われたヤバいの意味がわかりました。本当だ。ちゃんと仕事以外の事で頑張ったり必死になれる事見つけておけばよかった。今更ですけどそう思います。

 

今更とは分かっているけど、ちゃんと肯定したいなと思うのは思うんです。例えば家事でも買い物に行くのだって掃除するのだって洗濯するのだって、ワタシがやらなければ誰もやらないから出来てる事は「出来て当たり前」と思うよりも「ちゃんと出来てる」って思った方がいいなとか。

絵を描きたいなと思っても今はひたすら机に向かって最後迄描ききる時間がないけど、少しずつでも描いたものを完成させられたら「好きな事をしてる時間を大切にしてる」って思えるだろうなとか。

 

近年ずっと散々否定してきた自分の事。

少しでも認める余裕が出来るといいなと思いました。

それでは本日も最後迄お読み戴き有難うございました!